大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

前橋地方裁判所高崎支部 昭和35年(ワ)109号 判決 1972年8月24日

原告 丸関製材株式会社

右代表者代表取締役 関口隆夫

右訴訟代理人弁護士 馬場亀二

被告 上野村森林組合

右代表者清算人 黒沢丈夫

<ほか五名>

右被告ら六名訴訟復代理人弁護士 穂積始

同 高橋伸二

主文

被告上野村森林組合は原告に対し三六〇万円およびこれに対する昭和三五年一一月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告黒沢義憲、同宮沢有一、同松元彦次、同飯出長作、同相馬周次は各自原告に対し二三〇万円およびこれに対する昭和三五年一一月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

(原告)

一  三六〇万円およびこれに対する昭和三五年一一月二五日から完済まで年五分の割合による金員の連帯支払

二  訴訟費用被告ら負担

三  仮執行の宣言

(被告ら)

請求棄却、訴訟費用原告負担

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和三五年七月二五日被告上野村森林組合との間に同組合から唐松五、四七四本(見積石数三、五〇〇石)を左の約定で買受ける契約をし、約定どおり手付金及び内金合計二三〇万円を支払った。

(一) 代金は五六〇万円とし、同日手付金一五〇万円、同月三〇日内金八〇万円を支払う。

(二) 被告組合は右木材を同年八月から毎月八五〇石宛原告方製材工場へ引渡し、同年一二月二五日迄に引渡を完了すると同時に残代金を清算する。

(三) 被告組合において、昭和三五年七月二五日から三ヶ月経過してもなお木材の引渡を開始しないときは、原告は本契約を解除することができる。契約が解除されたときは、被告組合は原告に対し右手付金及び内金の合計額の倍額四六〇万円の損害金を支払う。

2  しかるに被告組合は木材の引渡を履行しないので、原告は昭和三五年一〇月二七日内容証明郵便をもって、同年一一月五日までに木材の引渡を開始すべきことおよび右期限迄に履行なきときは本件売買契約を解除する旨催告兼条件付契約解除の意思表示をしたが、被告組合はこれに応じないので本契約は同日限り解除され、被告組合は原告に対し四六〇万円の損害金債務を負担するに至った。

3(一)  被告組合を除くその余の被告らはいずれも被告組合の理事であるところ、本件木材売買契約に関して、昭和三五年三月一六日開催された役員会(理事、監事、参与合同会)において、官行造林払下及びその事業に関する決議が可決された際これに賛成し、当時の被告組合長理事塚田武雄に払下及び運営を一任したものである。

(二)  ところで、被告組合定款三六条一項四号には、「理事がその職務を行うにつき、悪意又は重大なる過失があった場合には、その理事は第三者に対して組合と連帯して損害賠償をしなければならない」と規定され、同項五号には、「組合の事業の範囲にない行為によって他人に損害を加えたときは、その事項の決議に賛成した理事及びこれを履行した理事は連帯してその損害を賠償しなければならない」と定められている。

(三)  被告組合が本件債務不履行をしたのは、被告組合を除くその余の被告ら(以下被告理事らという。)が右塚田武雄に組合の職一切を委ね放任した結果である。したがって被告理事らは、その職務を行うにつき重大な過失があったものというべく、前記定款三六条一項四号により原告に対し組合と連帯して損害を賠償すべき義務がある。

(四)  また、本件売買契約は被告組合の事業の範囲外の事項に属するところ、前記のとおり官行造林払下事業に関する決議に賛成した被告理事らは同五号により連帯して損害を賠償すべき義務を負う。

4  原告の損害賠償債権のうち一〇〇万円は、昭和四四年三月二六日原告と被告組合の連帯保証人中沢槌武、黒沢清一、黒沢亀之助との間に裁判上の和解が成立したことにより消滅した。

よって残額三六〇万円とこれに対する履行期後の日から完済まで法定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一  原告の請求原因は、原告と被告組合との間に原告主張の売買契約が成立したことを前提として、(一)右契約が被告組合の目的の範囲内に属する場合には、被告組合の債務不履行責任と被告理事らの職務懈怠による森林法一〇六条の二、三項の責任を追求し、(二)右契約が被告組合の目的の範囲内に属しない場合には、被告理事らの(イ)職務懈怠による同条項の責任と、(ロ)決議に賛成したことによる責任とを追求するものと解される。

二  ところで被告らは、請求原因事実中右前提事実たる原告・被告組合間の売買契約並びに同組合の二三〇万円受領、木材引渡債務の不履行、原告の催告及び被告組合が之に応じなかったこと、被告理事らの身分関係、の諸事実を一たん認め、後に撤回したところ、原告は右撤回に異議を述べるので判断するに、本件売買契約は被告組合の理事塚田武雄がその理事たる身分において被告組合を代表して原告との間に締結したものであると認められること後述するとおりであるから、右契約は原告・被告組合間に成立したものというべく、この点につき真実に反することを理由とする被告らの自白の撤回は許されないものというべきである。またその余の前記自白事実もいずれも真実に反することを認めるに足る証拠はないから、結局被告の自白の撤回はすべて認められないこととなる。

三  そこで、原告主張の右契約(以下本件売買契約という。)が原告と被告組合との間に成立したことは当事者間に争なき事実となるところ、右契約が被告組合の目的の範囲内に属するか否かについて先ず判断する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、官公造林地を管理する国は、同地内の間伐木払下事業あるいは風倒木払下事業(いずれも、国から買受けた木材を究極的には他者に転売して利益をあげることを目的とする事業)を森林組合にさせることにより同組合の経済力を強化し、よってこれを育成することを目的として、国有林ないし官公造林を払下げる場合には森林組合を優先的に契約の相手方とする方針をとっていたこと、被告組合は過去において昭和三〇年頃官公造林地の風倒木払下事業を為し、同三二~三三年頃国有林間伐事業をしたことがあり、また同三五年二月には官公造林地伐採払下について陳情したことを同年六月開催された被告組合の総会に報告していること、が認められる。

2  ≪証拠省略≫を総合すると、昭和三五年三月五日頃高崎営林署長石原直重は売主国の契約担当官として被告組合の組合長理事塚田武雄との間に、群馬県多野郡上野村大字乙父に所在する国と上野村の契約にかかる官公造林地の立木(風倒木、主として落葉松)約一、二〇〇立方米を代金一三五万円で被告組合へ払下げる旨の売買契約をしたこと、右代金の支払方法は契約時に保証金として代金の一割を支払い、残金は契約時に右塚田に交付された納入告知書に指定された日である同月一九日までに、その半額を国に、半額を上野村に支払う旨定められていたこと、塚田は右保証金一三万五〇〇〇円は支払ったが残額の支払をしなかったこと、石原担当官は書面や口頭で残金支払の催促を重ね、前記国の森林組合振興策もあることとて長期間にわたり被告組合の履行を待ったが上野村担当官を通じて猶予を求められるばかりであったので、遂に同年九月一〇日頃やむなく被告組合に対し右払下契約の解除通知を発し、その後第三者に右風倒木を払下げたこと、なお官公造林は公売が原則とされているが本件風倒木については地元の被告組合が買受希望を申し出たため特に随意契約の形式をとったものであること、そして右保証金一三万五〇〇〇円は被告組合から支出されたが、被告組合の元帳には右支出に見合うものとして林産品生産勘定の借方に右金額の記載がなされていること、以上の事実を認めることができる。

3  ≪証拠省略≫によれば、被告組合の組合長理事塚田武雄は被告組合を代表して、昭和三五年七月二五日原告との間に、高崎営林署長から払下を受けた前記風倒木を原告が請求原因において主張するような約定で売渡す旨の売買契約(本件売買契約)を為したこと、右契約に至るまでの経過について言えば、原告代表者は上野村村会議員で同村会林務委員長の黒沢亀之助から知人の木内文夫を通じて本件売買契約の話をもちかけられ、右黒沢亀之助および同村長であると共に被告組合の組合長理事である塚田武雄と高崎市内で面談し、契約内容をとり決める一方、右塚田から国の払下決定書と上野村々議会の払下議決書の提示を受けて払下の事実を確認し、更に高崎営林署に赴いて係官に確めたところ、風倒木は一三五万円で払下げ、一割の契約金も受領済みであるが残金未納のため引渡がなされていない、業者の買手がついて残金の払込があればすぐ引渡す旨の説明を受けたので、上野村助役と同村会議長をいずれも個人の資格ではあるが被告組合の連帯保証人に加えた上で日を改めて契約書を作成したものであること(なお右契約書には前記国の払下決定書が添付された)を認めることができる。≪証拠判断省略≫

4  以上認定の事実に基づいて考えるに、結論として本件売買契約は被告組合の目的の範囲内に属するというを相当と解する。けだし、森林組合は組合員たる森林所有者の経済的社会的地位の向上を期することを目的とする非営利的法人であって、行政庁の監督を受ける団体である(森林法七四条、一七九条、一八〇条等)。そして、このように営利を目的としない法人の行為がその目的の範囲内に属するかどうかは、その行為が法令および定款の規定に照らして法人としての活動上必要な行為でありうるかどうかを客観的、抽象的に観察して判断すべきものである(最判昭和四四年四月三日民集二三巻四号七三七頁)とされている。ところで、この基準を適用するに当り、手形行為やいわゆる員外貸付行為の如きそれ自体定型的な行為はさておき、売買契約については、組合員の生産する林産物の販売(森林法七九条二項三号)以外の契約をすべて投機的営利行為として目的の範囲外に放逐するのではなく、さらにその売買目的物に着眼した上で類型的な判断を試みるべきであると考える。しかるときは、官公造林のいわゆる払下を受け、もしくは本件のように払下を受けた官公造林を目的とする売買契約をすることは、その森林組合に対する売主が組合の監督者的立場にある国であること、経験則上その払下価額が一般取引価額に比して低廉であること、したがってそれを転売する右売買契約は、これを客観的に見るときは組合に利益をもたらしその経済的基礎を強化する為に有益なものであって、組合の監督行政庁が奨励する行為であると解されること、などの諸点で他の投機売買と著しく異るものということができる。すなわち、この種売買契約は定型的に組合の経済的基礎を確立するために有益な行為として組合の目的の範囲内に属するというべきである。もっとも、右は森林法七九条ないしは被告組合の定款所定の事業に文言上含まれるものとは言い難いであろうけれども、経済的基礎を確立強化することは如何なる法人にあっても必要なことであり、右諸事業を達成するための前提となることがらであるから、書かれざる事業として法が当然に許容するところといって差支えないであろう。このように解することは、この種取引の有する社会的信用度に鑑み、売買契約の相手方を保護するためにも必要であると考えられる。

四  以上の次第であるから、被告組合は本件売買契約につき売主としての責に任ずるべきである。なお、本件契約は被告組合組合長理事塚田武雄が権限を濫用してなしたものであること後記認定の通りであるが、このことは当然に右契約の効力に影響するものではない。そして、被告組合の債務不履行に関する請求原因事実はすべて当事者間に争がない。したがって、被告組合は原告に対し四六〇万円の損害賠償債務を負担するに至ったものというべきところ、内金一〇〇万円は被告組合の連帯保証人と原告との和解により消滅したこと当事者間に争がないから、結局残額三六〇万円とこれに対する遅延賠償の支払を求める原告の請求は理由がある。

五  すすんで被告理事らの責任について検討する。被告組合を除くその余の被告ら(被告理事)らが、被告組合の理事であることは当事者間に争がない。そして、森林法一〇六条の二、三項は「理事がその職務を行うにつき悪意又は重大な過失があったときは、その理事は、第三者に対し連帯して損害賠償の責に任ずる。」と定めているところ、原告は被告理事らが塚田武雄に被告組合の職務一切を委ね放任した点に重大な過失があり、その結果原告が本件の損害を蒙ったと主張するので判断する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫

(一)  上野村の村長であると同時に被告組合の組合長理事であった塚田武雄は、前認定のように昭和三五年三月五日頃被告組合を代表して本件風倒木を買受ける契約を結んだが、被告組合は前回風倒木払下事業を行って赤字を出した経験があるため、理事の大勢は右事業を再度行うことに批判的であり、被告組合として本件風倒木払下事業をすることは望めない状況であったところ、同人は今回の事業は組合の名義を使用して塚田個人で行うことを同村助役中沢槌武らに公言していた。そして、同じく前認定のように被告組合と原告との間に本件売買契約が成立したところ、塚田は原告から手付金及び内金として受領した二三〇万円をすべて自己の用途に流用し費消してしまった。

(二)  塚田は昭和三五年三月一六日開催された被告組合の役員会(理事・監事及び参与と呼ばれる人々が出席した)に引続いて設けられた新年会の宴席において、本件風倒木払下の件につき理事達にはかりその際自己個人の事業としてやりたい希望も明らかにしたが座も乱れていたため結論も出ずに終ったところ、被告組合の書記松元恒松に命じて同日の役員会において「官行造林地内風倒木払下について」なる議案が審議可決された旨の会議録を作成せしめ、この写を高崎営林署に提出した。また塚田は前認定のように本件風倒木払下契約の保証金を被告組合から支出したが、その帳簿処理は同人の指示により右松元書記がなしたもので、当初元帳の林産品売上原価の項に記帳していたが、後日林産品生産勘定と項目を訂正した。更に塚田は警察の捜査の対象となったことを知るや、同年八月二〇日頃右松元書記に命じて被告組合の理事達から前記議案の議決せられたことを確認する旨の会議事項再確認書なる書面に署名捺印を徴しようと試みた。

2  ≪証拠省略≫を総合すると次の事実を認めることができる。

(一)  被告理事らはいずれも昭和三三年六月五日被告組合の役員改選により理事に就任したものである。

(二)  被告組合は組合員約三〇〇名、役員として理事九名、監事三名が存するほか、他に参与二〇余名を有し、組合事務所は上野村役場内にあり、組合事務は組合長塚田の指揮の下に書記松元恒松がその全般を行っており、上野村と被告組合は表裏一体を為すような関係にあった。組合役員の職務執行ぶりは、理事についていえば例えば組合総会に提出する議案の決定につき理事会を開くことは殆んどなく、議案は殆んどの場合組合書記が作成して総会の場で交付するのが常であり、稀に理事会を開いても書記が資料に基づいて説明し理事の了解を得て議案を作成するやり方であるため、実際に理事会の了解どおりの議案が作成されたかわからない場合もある実情であり、監事のなす監査も元帳と伝票を照合するだけの簡単なものであり、総体に被告組合の業務執行は塚田組合長の専断に委ねられていた。

(三)  塚田が被告組合を代表してなした本件風倒木の払下契約については、塚田自身が前認定のように被告組合の新年会の席ではかったほか、保証金の一三万五〇〇〇円につき、昭和三五年六月開催された被告組合総会に提出された財産目録の林産物生産勘定の借方欄に国有林間伐金として記載し、同時に右目録において官公造林地伐採払下について陳情したこと(もっともこれが本件風倒木の払下に関するものであるかは不明である)を明瞭にした(前認定のとおり)が、営林署からも上野村役場に契約金支払を催促する通知があり、更に被告組合が本件風倒木の払下げを受け或は受けるべきことを察知し、その転買を希望する群馬県内外の業者から上野村村会林務委員長黒沢亀之助や被告組合参与今井政次らに問合わせがあった事実がある。右認定の事実に本件風倒木の所在地が上野村村内であることを総合すると、本件払下げ契約は被告理事らにとって周知の事実であったか、或は被告組合の職務を忠実に執行していれば当然知り得たものであることが推認される。

≪証拠判断省略≫

3  以上認定の事実に基づいて考えると、本件風倒木の払下契約および本件売買契約は被告組合の理事・組合長塚田武雄がその権限を濫用して為したものであることが明らかであるが、塚田をして右の挙に出でしめた理由の一つには被告理事を含む被告組合の理事達がその職務遂行に誠意を示さず、組合事務に意を用いなかった結果被告組合の業務執行を組合長の塚田武雄に任せきりにしていた事実があることを推認し得る。

そして被告理事らは被告組合の定款により法により認められた代表権こそ制限されていた(被告組合定款第三七条)けれども、組合の事務は理事の過半数で決すべきものであり(森林法一一八条・民法五二条二項、上記定款三五条)、理事は法令、法令に基いてする行政庁の処分、定款、規約及び総会の決議を遵守し、組合のため忠実にその職務を遂行しなければならない(森林法一〇六条の二Ⅰ)ものであるから、日頃から組合の業務執行に意を尽し組合長の権限濫用行為を防止すべきは勿論、かりそめにも組合長の業務執行に不審な点があることを知りまたは知り得べかりし時は理事会の開催を要求して(被告組合規約二〇条)その点をただすなどするべき義務を負うことは当然であって、前認定の事実関係のもとで被告理事らがその挙に出でなかったことは理事として職務上重大な過失があったというべきである。そして被告理事らにおいて職務を忠実に執行し、しかるべき措置をとっていたならば、本件売買契約の締結を阻止し得たか或は少くとも本件の手付金・内金二三〇万円を塚田が費消することを防げた筈であると思われるから、被告理事らは原告が現実に出捐して蒙った損害二三〇万円につき森林法一〇六条の二、三項の責任を負うものというべきである。

4  なお、前記四に認定した和解による一〇〇万円の債務消滅は被告組合の違約罰に基づく債務についてなされたものであるから、被告理事らの債務につき充当されるものではないと解するのが原告の意思に合致すると思われる。また被告理事らの責任は被告組合と連帯関係に立つものではない。

六  以上の次第であって、原告の請求中被告組合に対する分はすべて理由があり、被告理事らに対する分は二三〇万円とこれに対する付帯請求の限度で理由がある。よってこれらを認容し、その余を棄却することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例